6 ハタ先生
”現代サーカス”って 、、、もっとしっくりくる表現があるんじゃないかと思ったりもするが、どんなカテゴリなのかは大体わかる。大道芸、アーティスティック・サーカス、そんな理解だ。後ろにいるイタリア人カップルもそれに関係しているようだが、こんな山あいで何をしているんだろう?と不思議なシチュエーションではある。
「わかばちゃんよ、付いてきてもろたけど現代サーカスは明日でも見られるし、一旦、のぶゑおばちゃんのところにスーツケースをおいてくるんとちょっとゆっくりしたらどうな。俺はこのお二人さんをそこにお連れするけん」
つよっさん、私がちょっと疲れているのを何で感づいたのだろう。朝5時起きのはずが寝過ごしてしまって、何も食べずに羽田から高松に飛んだ。いこいの中華そばでおなかを満たすと逆にくたびれてきたところだった。わかばは、のぶゑばあちゃんから預かった鍵を持って藤本の家に向かった。旧小学校からすぐのこじんまりとした平屋の家。ガラガラと玄関を開けると、きれいに整頓された居間と台所が見える。適当に窓を開けると涼風が部屋の空気を入れ替えてくれて爽やかで、どうやらエアコンは要らない感じだ。居間にある革張りの白いソファに腰かけると、大きな掃き出しの窓から旧小学校やその右側には深藍色の満々と水を湛えたダム湖畔の水面、その背景にはみずみずしい青葉の山々が迫っている。ひじ掛けに軽く頭を預けてその景色を眺めているうちにうとうと瞼が重くなってきた。
~
夢の中は時折というかしょっちゅうハチャメチャだ。時間の前後ろなぞ関係ない映像が脳裏に流れる。
わかばは、こげ茶色の板の外壁に木枠の窓と瓦葺の屋根でできた古めかしい木造の建物に三方囲まれた庭の真ん中にいた。学校の中庭だろう。囲まれていない一方を振り返ると校門らしき一対の石の門柱の横に青銅色の少年らしき像がある。背中に何か重そうな荷物をしょいつつ左手に本を広げて歩いている格好だ。本を読みながら歩くなんて危なっかそうだと見に入っていたら、ふと背後から
「はい、わかばちゃんタッチ!」
と聞いたことのある声とともに肩に手がかかった。振り向くと紺色のプリーツスカートに半袖のブラウスを着た小さなのぶゑばあちゃんだ。、、、何をしてるんだろ?と周りを見渡すと、黒い半パンと開襟シャツ姿のこれも小さな太市おじいちゃんとつよっさん、挙句はスカートを穿いたせっちゃんロボットと学生帽を被ったロボット運転手のエイジまでいる。それと顔はよくわからないがのぶゑばあちゃんと同じ格好をした女の子もいる。
「わかばちゃん、鬼やけんの~」
と、つよっさんがニコッと汗だくの顔を近づけて青銅色の少年像の反対方向に走っていく。同じように他の小さな彼女彼らもそっちに向かう。
「だるまさん転んだ、だ、、、」と何をしているかロケーションが理解できた。
わかばは銅像の土台の前に立って、
「始めの一歩♪」
太市おじいちゃんをはじめ、皆が一歩のはずが一歩でない動きで近づく。わかばは、銅像に向いて
「だーるまさんがこーろんだ!」
と叫んで、振返る。6人があちらこちらで止まっている。今度はリズムを変えて
「だーーーるまさんが、、、コロンダ!」
と叫ぶと、顔のよくわからない女の子がバランスをくずして手をついた。
名前が分からないので「えーーと、、、」と戸惑っていると、つよっさんが
「みっちゃん、いきまいよ~」と。そのみっちゃんという子がこちらに来てわかばと手をつなぐ。ニコニコとしているようだがやっぱり顔はよくわからない。
「だーるまさんが、、、、、」と、ゆっくりめに声を出していると、
「きった!」とエイジの声がして、振返ると皆は向うに走り出している。一目散とはこのことか、速い。
「ストップ!」とわかばが叫んだところで
「おーい、喉が渇いたやろ、ひと休みせんか」と声がした。長い校舎の中ほどにある出入口の前に黒縁の丸い眼鏡をかけた中年の男性が立っている。どうやら先生のようだ。
「ハタせんせ、今日も飲ましてくれるん?」とつよっさん。よく見ると片手に大きな三角フラスコを持っていてその中には何やら濃い緑色の液体が入っている。
「おー、今まで井戸に吊るして冷やっしょったけん、冷とてうまいぞ」
中庭に散らばってたわかばを含めた子供らがハタ先生のところに寄っていくと、紺色に白い水玉の湯のみに三角フラスコから緑の液体を注いでいく。三角フラスコの外側に水滴がついているので確かに冷たそうだが、なにせ、フラスコに水彩絵の具を水に溶かしたような緑色の液体なので飲めるものかどうか疑わしいが他の子たちはニコニコして待っている。
「栄養満点、ハタ印の特製ジュースじゃー」と先生が自信満々の笑みを浮かべて皆に手渡す。わかばはおずおずと湯のみの中の液体の匂いを嗅いでみた。絵具ではないようだ。鼻の奥にスーッと入っていく菜っ葉のような匂いと酸味、それにほんのりと甘い香りもしてくる。周りの子供たちは何度も飲んだことがあるのだろう、躊躇なく水玉の湯のみをかたむけて飲みはじめた。わかばも湯のみをそっと口をつけて飲んでみる。味わおうとしたその時、、、
~
、、、「おーい、わかばちゃん、わかばちゃん、、、、」、、、
柔らかなのぶゑばあちゃんの声が入ってきた。