12 モアちゃん

 のぶゑおばあちゃんちから小学校は道を挟んで目と鼻の先、もう子どもたちの歓声が聞こえ始めた。

小学校で遊ぶのもいいけどGoogleMapで見るとこの塩江温泉村は、広い。東京23区の中で一番広いのは、羽田空港を擁する大田区。それが60平方キロに対してこの村は80平方キロだ。広さだけじゃなく、村内の標高差も800メートル以上あるようだ。

ちょっと行けるところまで行ってみようと思い立った。

「のぶゑおばあちゃん、自転車ってあるかな、グルグル走ってみたくなっちゃって」

「そやな、つよっさんに言うたらええわ。電気で助けてくれるのがあるから借りたらええ。小学校行ってんまい」

わかばが身支度してる間にのぶゑおばあちゃんは真っ白なおにぎりとお漬物、冷たいお茶、それと天然アロマの虫よけスプレーを用意してくれた。

小学校に行くと、わかばを見つけてつよっさんから近づいてきた。しっかり日焼けした顔に無精ひげと大きな目と白い歯のコントラストが印象的だ。

「おはよう、わかばちゃん、よう寝られたか~」

「はい、つよっさん、おはようございます。さすがに昨日はバタンキューだったけど、朝のごはんで元気モリモリです。」

「のぶえばあちゃんの作ったもんは何でも美味いけんの。ほんで今日は何するんな?」

「あてはないけれど、自転車で行けるとこまで行ってみようかなと。アシスト自転車があるってのぶゑおばあちゃんが教えてくれたよ」

「おう、ええのがあるで。これだったら大滝山の頂上まで一気に行けるわ。小学校に遊びに来た人もこれでいろんなとこ行っきょるわ。」

とシェアサイクルをおいているところに連れて行ってくれた。わかばに貸してくれたのは、真っ赤なフレームにオフロード用の太いタイヤがついたいかにも”どこでも走れますよ”の風貌をしたアシスト自転車だ。その他にもハンドルや椅子の高さを変えて子どもや年配者でも使えるような車椅子タイプのもの、三輪キックボードもおいている。

都会もそうだが、こういう田舎でもMaaS(マース:Mobility as a service)の概念が定着しつつある。大手通信事業者は、自身の持つ通信インフラを活用して、自動車(所有)でもない、公共交通機関(利用)でもないシェアする移動ツールのサービスを充実させている。

わかばは、フレームにデザインされているメーカーの名前からそのアシスト自転車を“モアちゃん”と名付けた。

「モアちゃんだ。可愛いくって頼りになりそう。あ、発電もできるんだ」

「ようわかったの、いや、見たらわかるか。ちっちゃいけど高性能の太陽光パネルとこいのぼりの上についとる羽みたいなんがあるけん、電池切れはまず心配せんでええ。ほんでどっち行くんな、わかるんな?」

「グーグルマップ見て、さっきつよっさんが言ってた大滝山とか行こうかなと思ってる」

「ほんだら、あっちから上がってぐーっと回ってきたらええわ」

と、のぶゑおばあちゃんの家の向こう側から山の尾根を指で指し示してくれる。

「バイクでツーリングしたりあんたと同じようにサイクリングする人もおるやろけん、退屈はせんと思うわ。塩江に来る人はええ人ばっかりじゃわ。ほんで、猪除けの低ヘルツ発生器もついとるけんの。それとどの辺いっきょるかは、俺が分かるけん、時々見よるわ」

女のソロサイクリングでも大丈夫そうだ。ノアちゃんの装備を確認して、おにぎりとお茶をサドル後ろのサイドバッグに詰めて、ノアちゃんにまたがる。ペダルを軽く踏み込むとスッと前に出る。

「じゃあ、いってきまーす」

と出発すると、校庭で遊んでいた子どもたちが手を振ってくれた。

つよっさんが教えてくれたのは、天満が原高原から大滝山に行って県道を下って戻ってくるルートだ。昨日バスで通った道を少し戻って、家族連れが下車したダム湖畔のリゾートホテルのところから山に入っていく道にモアちゃんのハンドルを切った。