どんぶり鉢にはお蕎麦の上に大根、人参、なす、こんにゃく、鶏肉など具だくさん。
「おかぁさんが年越しそばでこういうのを作る時があるんです、お父さんのリクエストで。けど、こんなにたくさん入ってるのははじめてです。皆さんありがとうございます、いただきます」
わかばを囲む女子会たちは、うんうんと頷きながらしっぽく蕎麦を食べ始めている。
アシスト自転車に乗ってと言えども標高差600メートルぐらいの道をアップダウンしながら走ってきたので、わかばのおなかの中は十分に空っぽだ。お箸で蕎麦と具をしっかりつまんで口に運ぶ。
おいしい!間違いなくおいしい。何がどうのこうのではなくって、全部おいしい。相当おいしい。食レポいらない。
のぶゑおばあちゃんのおにぎりもしっぽくの具を添えながら食べて、あっという間に完食。もしかしたらのぶゑおばあちゃんは、この蕎麦を食べるのを見做しておにぎりを握ってくれたのかもしれない。
ウチさんの周りの女子会たちはそそくさとおそばを食べて後片付けに回った。
ウチさんは、私のお相手をする役になったようで、わかばにこのもみじ庵や奥の湯キャンプ場などの話をしてくれる。
大滝山のキャンプ場と違うのは、この藁葺きの屋敷の中で食事を用意してくれたり、食べることもできること。また、近くに素泊まりの民宿もあってそこの利用客もここで食事を摂る。
テントや寝袋、食材などを自分で用意して食事は自分で作るのがキャンプ。テントの設営要らずでシャワーやトイレもあって食事も用意してくれるのがグランピング。キャンプ、グランピング、民宿があって泉質が評判の奥の湯温泉もある。
この寝泊りのバリエーションを楽しんで、長期にここに滞在するケースが増えているという。テレワークする若者が月曜日にここに入って、金曜の朝まで民宿生活をして金曜の午前中にWeb会議で仕事を報告して午後に仕上げる。夕食はグランピングに場所を移して打ち上げ。土日はキャンプで悠々自適、のんびり過ごす。日曜夕方に都会に帰って週明けにクライアント訪問をするケースもあるし、そのまま同じルーティンで仕事をするのもあり。
東京だとワンルームマンションの家賃だけで月10万とか。生活するにはもちろん食費や水道光熱費をはじめ、いろんな雑費がいるからあっという間に20万を越してしまう。ここにいると寝て食べて遊んでおつりがくる。
もちろん、いざ東京へとなったら、エイジの運転するバスとガソリンカーをモチーフにしたバスに乗ると30分で空港だ。
6時 起床 おばちゃんたちが用意してくれているおにぎり、みそ汁、お新香で腹ごしらえ
6時30分 民宿出発
7時 高松空港着
7時20分 羽田便出発
8時35分 羽田着
10時 オフィスもしくはクライアント先に到着
16時に仕事を終え、
17時20分の飛行機に乗ったら19時30分にはここに戻って暖かい晩ご飯が食べられる。
「なんと、埼玉とかの東京近郊から会社に通勤している人と時間的にかわらない」
「そうなんよ、ほんでいつもはこういうとこにおるやろ。いろんないいアイデアも湧くみたいやわ。メリハリ効かしてオンとオフって言うんかいの、自由に入り切りできるんがええみたいやの」
一方、ウチさんはじめ民宿経営者はそれぞれの民宿で個性を出しつつ、もみじ庵で朝食とランチを提供することで助け合っている。とはいえ、
「休める時間や休める日ってあるんですか?」
「そやろ!ほやけん、皆で一緒にするんや、融通利かせんかったらできんわ。皆ぼちぼちで出来よるけんやっていけよる。ほんでな、ここに来るお客さんってリピーターっていうんかの、結構多いんの、段取りつかんときはそんな人にも頼むん。そしたら手伝どてくれたり、自分でご飯作って食べたりしてくれての、助けてくれるんや」
もっといろいろ話を聞きたいと思ったけれど、どうやら夕食の準備に入るらしい。昼食の後片付けはほかの4人のおばちゃんたちが済ませた様だ。ウチさん(一旦名前を聞きそびれるとなかなか聞き出せず、聞き出せないまま終わるって感じになってしまった、なのでわかばの中でこの女性は”ウチさん”)が頭に手ぬぐいを巻き直してオンになった。
「また来まい、手伝てくれてもええで」
と茶目っ気な笑顔をくれた。と、その後ろからさっきお蕎麦のことを聞いてきたおねえさんが、
「これ、のぶゑさんとこ持って行って食べまい。さっきまで川で冷やっしょったけん、冷めとて美味しいわ」
と、身が真っ赤で瑞々しいのが一目で分かるスイカを半玉くれた。
「あ、今日太市おじいちゃんが病院から戻ってくるので、退院祝いになります、さっそく持って帰ります。ありがとうございます」
「そうやの。太市っあん、大したことなかったげなの。ようけ食べてもろていた」
なんだろう、このコミュニティは。みんながみんなのことを知っている。さぁ、太市おじいちゃんものぶゑおばあちゃんもちょうど家に戻った頃だろうから、帰ろう。