13 大滝さん

東京でもセミの声はする。「ミーンミンミンミー」のミンミンゼミとか、「シャンシャンシャン」のクマゼミ。モアちゃんに乗って聞こえてくる声は、”チージーチージ”、”ジリジリジー”と耳に入ってくる音色が違う。肌に受ける風の温度も違う。これならペダルを漕ぐ足は軽やかに動く。道は右に曲がり左に曲がりと麓から山腹を登っていく。中腹あたりになると視界がところどころで広くなって尾根がどのあたりか見えてくるし、後ろを振り返ると見晴らしが良くなってくる。もう少し登ると眺めがもっと良くなる気がしてペダルを漕ぐ足に力を入れる。

すると、尾根の端っこみたいなところに来たのか、モアちゃんの右と後ろの視界が開けた。青々としたやまなみから視線を後ろに向けると木々が生い茂る緑の向こうに、昨日の朝飛行機の窓から見えたのと同じような平べったい田んぼや川がくねくねしていたり、お椀を伏せたような小山や塩をまぶしたかのような建物類がある。その先には、箱庭の中に山をたくさん作って、その中に入浴剤を溶いた水を流し込んだようなと例えるのは乱暴すぎるやに、深緑の水をたたえた中にいくつもの島がポコポコ飛び出している海の景色が見渡せる。

「瀬戸内海っていうこと?、あれって、、、」

モアちゃんに話しかけたが、残念。エイジがいたら何か突っ込んでくれただろうに。

モアちゃんを休ませて、再度視線をパノラマに向ける。バーチャルタブレットで視界にMapを拡げてもいいのだが、なんかもったいない。自分の目で見える情報だけでこの景色を楽しもうと、可能な限り眼を見開いた。

陸地にある山と海の中の島は突起物としては一緒で兄弟たちのように思える。瀬戸内海はたまたま海になってるとも見えて海というよりは運河だ。運河の中の島を視線で追いかけて左に視線を移すと手前から向う岸に向かっている線が見えてきた。これは瀬戸大橋に違いない。

ふと視界の下の方で何かうごめくものを感じてそれに視線を向けた。何かの鳥かなと一瞬思ったが、そんな距離じゃない。ゆっくり右から左に流れているのは、着陸態勢にあるのだろう飛行機だ。グレーの機体が自分より下に見える田園やこんもりとした山をバックに飛んでいるという不思議な光景だ。

まだしばらくこの眺望を味わいたいと思う気持ちを抑えて、モアちゃんを先に進める。山々の尾根伝いの道になってきたので、進行方向の右半分は視界が開けて真夏の空を味わえる。しばらく進むと稜線に道が切られて左半分も開けてきた。なだらかな上り坂と下り坂が繰り返される。夏真っ盛りのはずが、モアちゃんに乗ってペダルを漕ぐのが心地いい。少し地形が開けてきて”大瀧寺”という看板が現れて車も数台見かける。徳島県という標識を過ぎるとどうやら分水嶺を超えたみたいで南側が見通せるようになった。上る途中のさぬきの眺めとは様相変わって麓には幅広い河原を従えてゆったりとした川のうねりが見える。阿波の国だ。のぶゑおばあちゃんが持たせてくれた冷たいお茶をゴクゴク飲みながらお寺の石段を上がって境内を一回り。霊場と表現するにふさわしい厳かさを感じる。その奥手には西照神社というおみやさんもあってこちらもなかなか立派で神秘的だ。お寺と神社と別々に構えられているものの、おそらく時代を遡っていけば由来はひとつに辿り着くのだろう。さぬきと阿波を跨いだ大滝山の山頂にあるこのお寺と神社は、たくさんの物語を持っているはずだ