2 のぶゑおばあちゃん

保っちゃんも話してくれたが、この施設は昔は小学校だったのが分かる。道からのスロープ坂を上がったところには「塩江小學校」と書かれた校門らしきものがそのまま残されていたり、記念のモニュメントが立ってたりする。建物の中も教室のレイアウトを上手に使ってブースを使い分けていた。昭和に建てたコンクリートの校舎を平成の時代に耐震工事で強化したしっかりした建物という印象で、令和のリノベーションで村民の一時的療養場所に生まれ変わったという。

保っちゃんに離れの建物を案内してもらったわかばが太市とのぶゑがいるブースに戻ってきた。

「どうだったな?わかばちゃん、行基の湯治場(ぎょうきのとうじば)は」

「うんうん、療養施設に引っ付いてるけど、温泉旅館のお風呂みたいで風情があっていいわね。私も入りたくなっちゃった」

「そうやろう、あの硫黄の匂いとやらかいお湯の感じが好きなんじゃわ。同じ泉質の温泉がその向うにあって、そっちはそっちで気持ちええけん、近いうちに行こうな。ほんで温泉もええけど、わかばちゃん、おなかすいたやろ、朝早かったんじゃろ」

「そのとお~り!実はおなかぺっこぺこ。これでお風呂入ったら倒れちゃうぐらい」

「ほんだら、おいしいお昼を食べに行こうかね。おじいちゃんはもう少ししたらせっちゃんがお昼持ってきてくれるけん」

「そやの、いってきまい。じいちゃんも明日の昼には行って食べようかの、うまいぞ~」

「わかばちゃんの足だったら歩いて2,3分やろうけど、おばあちゃんにはちょっと大変なんで一緒につきおうての」

何に付き合うのかわかばには分からなかったが、のぶゑばあちゃんが施設の廊下を左手に手摺り、右手は若葉が握って寄り添って外に出ると、そこにはタイプの違うセグウェイが待っていた。

「そうなんだ、ちょこっと移動するにはこういうのがあるといいね」

「そうなんじゃわ、せっちゃんが呼んでくれたんじゃ。どこに行くか言うたら乗ってるだけで連れてってくれるんじゃ。私みたいに足腰が弱ぁんなったんでもちょこっと気楽に行けるけんええんじゃ」

2台のセグウェイとも両輪が子供の自転車ほどの大きさなのは一緒だが、わかばが乗るのはセグウェイが登場した当時の立ちんぼスタイルで自分で運転できる、もう1台は自転車のサドルのようなシートがある腰かけ型で自動運転型。のぶゑばあちゃんは慣れた感じでセグウェイに行き先を話しかけている。

「ほんだら、一緒に行こ、ついてきまい」

よいしょっとシートに軽く腰かけてセグウェイに乗っかる姿は、背中が少し丸くなっているものの颯爽としていてとても90歳には見えない。背中が楽しそうにリズムをとっている。東京では10年以上前の電動3輪車に乗って買物に行く年配を見かけることがあるが、おしゃれじゃないし危なっかしい。

駐車場前の広場で少し練習すると自在に操れるようになった。というよりセグウェイの方がわかばのくせを読み取ってこの人はこんな加減で操作するんだと学習する。このセグウェイも人がしゃべったのを聞き取って動きも制御するし、段差や障害物もセンサーで感知して動きをコントロールする。

道に降りるスロープをゆっくり下ると、昔は何かの店をやっていた名残の残っている佇まいの家々が並ぶ通りに出る。

「今から行く反対の方は、昭和の頃には温泉通りいうて温泉に入りにきた人が泊まる温泉宿が並らんどって賑やかだったんじゃ。映画館もあっての、おばあちゃんはそこで初めて色のついた映画を見たんぞ」

「今はどうなの?」

「そやの、昔の賑やかだった頃とはちょっと変わったかの。15年ぐらい前から韓国や台湾からの団体客が来よったんじゃけど、ようけ泊まれるホテルばっかりに来て村の中を歩いて散策したり、遊ぶんはほとんどなかった。その後、数年前からかの、いろんな人が来るようになってだいぶええようになっりょると思うの。持ち直してきたというか、この先が楽しみになってきたわ。ほら、わかばが乗ってきたバスがあろう、空港から近い温泉地にあのバスに揺られてというのが評判になったんじゃ。他のアジアの国の人や欧米人も来るようになって、昔ながらの温泉宿や古民家宿、宿坊なんかも街から戻った若い衆がやりだしたわ。また、そっちにも行ったらええわ」

「この家は昔文房具屋、ここは駄菓子屋、ほんで肉屋、食堂、ほれ、ここは昔からのスーパーやけど今もボチボチはやっとる」

”塩江スーパーバザール”と書いてある。バザール、、、市場か、めったに目にしない言葉だがいい響きだと思った。

「食料品から日用雑貨、靴、服、鞄や布団、お酒もあってほんまスーパーなんじゃわ、ここに来たらたいていのもんは揃う。今は、半分を無人のコンビニにして村の人はもちろん、国道を通るドライバーや観光客にも重宝されとる。外国人でも日本人でもリュック背負って長いこと旅をする人もおるじゃろ、キャンプしたりゲストハウスに泊りながら旅を続けるような、、、そんな人らのために一日中開けとくんやと。ミニドラッグストアにもなっとっての、夜中に風邪ひいて熱が出たとか、おなかが痛いとかいう人が来るげなわ。薬剤師はネットでつながるけんの」

進んでいくセグウェイの様子からすると、どうやら道に誘導するラインがあるようでわかばが右左にハンドルを動かしても自動車が走る車線にはいかない。

橋を渡った右手に「いこい食堂」の看板が見えて、その前でセグウェイが止まった。

「よいしょっと。着いたで。ちょっと待たないかんけど、ここで食べよな」