11 ゆーみん
わかばはここに来る一週間前、所沢にあるサークル仲間の佳乃の家に遊びに行った。西武球場でライオンズを応援しようと、前日から泊まり込みで繰り出すことになった。金曜の夕暮れ時、高田馬場駅前は勤め帰りの人の流れは途切れない。せっかくなのでと、佳乃が池袋からの特急ラビューの座席を取ってくれた。
西武池袋線の特急ラビューは、わかばが中学生の時に登場したスタイリッシュな電車で、デビュー当時は先頭の窓ガラスの3次曲面の美しさや、からだが包み込まれるようなシートなどの斬新さが電車オタクのみならず、わかばも含め多くの”一度は乗ってみたい”試乗者を呼び込んだ。
2人はラビューに乗り込んで出発を待つ少しの間、バーチャルタブレットでライオンズの試合を応援しながら、この特急の席の埋まり具合も見ていた。乗車した時に50席あった空席は2分間でゼロになった。
「佳乃、早めにとってくれてありがとう、久しぶりに乗れてうれしい」
「特に週末のこの時間帯は、少しの時間だけでも座って帰りたい人たちに人気あるからね。お父さんも一本後のこれに乗るはずだわ」
「発車しま~す」
駅員のアナウンスと同時に、スタイルのいい女性がスウェーデン国旗のマークが目を引くスーツケースを引きずりながら、わかばの通路を挟んだ隣の席にやってきた。走ってきたようで うなじにはうっすら汗が見えるが、左手にはちゃっかりハイボールの缶を握っている。座席の横でゴロゴロしているイエロー十字のデザインのスーツケースを座席の前に押しやろうとしたときに、その左手の中のハイボールがわかばの目の前に飛んできた。
「わっ!」
と叫びつつ、イエロー十字のスーツケースが気になってたわかばは、何気にその女性の動きを追ってたので、両手でアルミ缶を受け止めた。
「ナイスキャッチ!」
と笑顔満面にわかばからハイボールを受け取った彼女。席にどかっと座って、プシュ!っと缶を開けるとわかばたちを見て、
「ありがとう~、カンパーイ」
半分ほどを一気に呑んだ。ゴクゴクとのど越しの音が聞こえてくる勢いだ。
「プハー!これこれ!」
ニコッと笑って、わかばたちに話しかけてくる。
「ありがとな!で、あんたらはどこまで行くねん?」
この人、関西、、、通路を挟んだ距離だけど、彼女との距離感は結構近い。親しみやすいというか、気さくだ。
「この子、佳乃の家が所沢、そこまで行きます。そちらは?」
「そちら?そりゃしゃーないか、けど うちな、由美やからゆーみんでよろ!」
「ゆ、ゆーみんはどちらまで?あ、私はわかばです 」
「あんたらはええなぁ、これ乗って所沢で終わりやんか。 ウチはそっから急行に乗り換えて稲荷山公園、その後バスで15分。家に帰るんは、9時前やな」
と 喋り終わるか終わらないうちにまた一口呑んで、今度はため息をついた。
「今日は大阪出張からの帰りやけど、いつもは麹町までの通勤やねん。ドアtoドアで片道1時間40分、基本立ちっぱなし。金曜の帰りぐらい少しは座りたいわさって、これに乗ったとこ。結婚してこっちに来て6年、子どもはお義母さんお義父さんが見てくれてるから楽やけど、この通勤は何とかならへんっていつも思うわ、通うのが仕事やわ。わかばや佳乃は 後々結婚するんやろうけど、そういうんも考えなよって、まだ早いか、未来拡がる女子大生には」
「そうなんですね。テレワークがだいぶ浸透してるけど、ゆーみんのお仕事はネット越しにできるお仕事じゃないんだ」
「そうやねん、現場があんねん。バーチャルではあかんし、家にスタジオ作る訳にもいかんしなぁ」
どうやらメディア系の仕事のようだ。こなれたファッションはその仕事柄から来ているのかもしれない。
わかばと佳乃は明日ライオンズの応援に行くこと、ゆーみんはバリバリのタイガースファンだけど、旦那さんがこれまた大のジャイアンツファンで東京ドームの巨人-阪神戦はレフトとライトに分かれて見るとか話しているうちに所沢駅に到着するアナウンスが流れた。
「さぁ、乗り換えの準備やな。乗り換えがないお嬢さんたちはええなぁ」
と、ゆーみんは立ち上がって座席の間からスーツケースを引きずりだした。
「じゃあ、またどっかで会えたらええな、楽しかったわ」
「こちらこそ、お元気で」
と挨拶もそこそこにゆーみんはさっさと車両の出口に向かった。
所沢駅にラビューが着いてドアが開くと、そこからどっと大勢の人が向かいのホームに停まっている電車の入り口になだれ込む。イエロー十字のスーツケースもコロコロと入っていった。