7 みっちゃん

どのくらい寝入ってたのだろう、ここは山あいで太陽が山の向こうに隠れる時間はどうやら早そうで、家の中を通り抜ける風が涼しくなっていた。

のぶゑばあちゃんの顔が視界に入ってきて、

「お昼寝、気持ち良かったんかい、朝が早かったんやろし、疲れたんやの〜」

「なんかこの白いソファーが気持ち良すぎて寝ちゃった」

「そうなら嬉しいの、私もお気に入りじゃけん」

そしてもう一人の女性がわかばを覗き込んだ。

「わかばちゃん、こんにちは」

この声は夢の中の“みっちゃん”だ。目が覚めて声と顔がセットになった。

「みっちゃん、、、ですよね?」

「え!、何で知っとん?」

「今、夢を見てたんですが、そこにみっちゃんもいて、一緒にだるまさんがころんだしました。あっ、現実では初めましてですね、わかばです」

「まぁ、それはうれしい、けど不思議な夢やの、その中につよっさんもおったんだったら、私はそのお嫁さんなんの、ハイ、美智子です、ようこそ、いらっしゃい」

つよっさんが秀司おじいちゃんの従兄、みっちゃんはその奥さん。のぶゑおばあちゃんは、秀司おじいちゃんのお母さん。父祐介の親戚繋がりということは理解できるけど、家系図でも書いていかないと関係がだんだん分からなくなってきた。

「わかばちゃん、これから晩ご飯の準備するけどちょっと手伝ってもろてかまんかいの?人出があったら助かるわ」

「そうやの、おばあちゃんも明日のたいっぁんの退院の準備したら行くけん、みっちゃんと一緒にあそこにいっときまい。」

と、さっきつよっさんとイタリア人カップルが向かった目の前の白い建物に目をやった。

「今は学校ではないけど、うちらにしたら上西小学校やけん小学校って呼ぶんの。その方がこの辺の人らにはすぐ伝わるし、よそから遊びに来た人にもすぐ分かるんやわ。ほんで、今日は、近所の人らやこの小学校に来てる人らと一緒に晩ご飯食べようかって話になって準備し始めてるん。給食を作っりょったちゃんとした調理場があるけん、ちょちょいのちょい」

みっちゃんが小学校に向かいがてら話してくれた。

小学校の建物に入ると食堂なんだろう、木製の食卓が並んでいて、その上には夏の野菜が大きな竹ざる数枚にこぼれるほど盛られている。ナス、きゅうり、とうもろこし、トマト、じゃがいも、ピーマン、オクラ、レタス、太くて大きいアスパラガスなどなど。こんなにたくさん、いったい何人が食事を一緒にするんだろう。その周りでは、手ぬぐいを三角巾代わりに頭に巻いたみっちゃんのお仲間らしきまかないさんたちが横の調理場と出入りしているし、中では大きな鍋でスープなのか、もうもうと湯気が立ち上っている。

目が合った人たちにペコペコ会釈をして挨拶するものの、誰が誰だか皆目わかるはずもなく、けれどみんなニコッと笑い返してくれる。

「ようきたの~一緒においしいもん作って食べよう」

「はい、わかばちゃんやね、エプロンと手ぬぐい」

まかないさんのひとり から受け取った真っ白なエプロンと手ぬぐいを身につけて、さて、何を、、、。

「ざるの上の野菜は洗とるけん、適当に切ってくれるかいの、運動場でバーベキューするん」

食堂の向こうに運動場が見える。屋外用のテーブルやいすが置かれている向うにレンガで組んだかまどの炭火を起こしてるおじさんたちがいて、缶ビール片手にワイワイやっているのが見える。それと、子供会か何かのグループだろうか、小学生ぐらいの子供たちが運動場を走り回っている。そのお母さんやお父さんたちもテーブルやいすのセッティングや食器の準備をしてたりする。

みっちゃんやその仲間のまかないさんは、要領を得ているようで何を言わずとも手分けして食事の準備をしている。わかばの野菜切りも様子を見て一緒に切るなり、切った野菜や調味料を子供らに運ばせたりしている。

わかばは野菜を切るだけでバーベキューの準備は整ったようだ。

つよっさんが音頭をとって

「さぁ!準備できたで~ジャンジャン食べよ~!」と呼びかけると、走り回っていた子供たちが集まり、そして運動場の横にある体育館の中から、いかにもしゃきっと体がしまった、けれどスポーツマン(ウイメン)とはちょっと雰囲気が違う若者たちが出てきた。一人一人が何かキャラが濃い 。イタリア人カップルもその中にいる。サーカスの人たちだ。

見渡すと、つよっさんやみっちゃん、のぶゑおばあちゃんも来た、そんな近所の人たちと親子グループ、それとサーカス人で50人ぐらいだろうか。それぞれでまとまることもなく老若男女が混ざっている。

かまどで夏野菜と肉がじゃんじゃん焼かれはじめた。子供たちはかまどを囲って皿と箸を持って出来上がるのを待っている。

かまどの正面には鍋奉行ならぬバーベキュー奉行を張ってるおじいさんがいる。手さばきがよく、無駄な動きがない。肉や野菜の焼き加減を見ながら皿にとりわけ、空いた網の上にはすぐつぎの食材が載せられる。どこかで飲食系のお仕事をなさっていたのだろう、動きに見入ってしまう。

別のところで

「スープカレーもできたけん、取りにきまい」

見るとまかないさんのテーブルの上に、寸胴鍋が2つおかれていて、給食皿にごはんと夏野菜たっぷりのスープカレーが盛られ始めて、そっちにも人垣ができた。

炭火で焼かれた野菜や肉は美味しいのはわかばも知っている。それをみっちゃん特製のタレというかドレッシングにつけて食べるとどうしようもなくおいしい。自家製の柚子やにんにく、親戚のおじいさんが作っている醤油麹や塩麹、とかで作ったらしい。しし肉というイノシシの肉を生まれて初めて食べたが、くせや臭みのないバーベキューにはもってこいのお肉だと思った。つよっさんが、

「これだけのしし肉はなかなか食べられんぞ。捌くんがめちゃめちゃ上手いおっさんがおっての、それを今日の朝もろて来たんじゃ。どなんして捌くかは今は食べよるけんまたの」と。

豚が毛むくじゃらになったようなのがイノシシだぐらいは知っているが、それを自宅で捌くって想像できないけど、とにかくおいしいのでみっちゃん特製のたれと一緒に東京に持って帰りたくなった。

スープカレーも逸品だ。このあたりの田んぼでとれたお米と夏野菜ももちろんお近所さんで持ち寄ったらしい。スパイスはさすがにお手製とはいかないようだし、子供たちがいるのでスープ自体の辛さは控えめだが、大人用にするためにふりかける真っ赤な粉は、香川本鷹という特産のトウガラシだと聞かされた。スープカレーに混ぜると、辛みがピリッとくるのではなく、じんわりと広がってまろやかで香り高く、うまみも感じられると、クセになりそうだ。

そんな食べ物を満喫しているうちにあたりもすっかり暗くなってきた。すると、運動場の一角がパッと光ってスポットライトで照らし出された。そこには鉄筋で組まれた大きな鉄棒のようなセットが置かれてその鉄棒に布が巻かれてある。そこにアコーデオンを抱えた男性とバイオリンを携えた女性が現れた。あのイタリア人カップルだ。

おなか一杯になった後、運動場ではしゃいでいた子供たちの歓声も止んで場が静まり返ると、一組の男女がセットの前に表れた。

どうやら現代サーカスのパフォーマンスが見られるようだ。

facebook.com/setouchicircusfactory からの画像拝借