4 エイジ

「そしたら、一旦たいっぁんとこ戻って、それから家に行こかの」

わかばの立ちんぼスタイルのセグウェイとのぶゑおばあちゃんの乗る腰かけ型セグウェイが来た道をススーと戻っていく。見るからに観光客とわかる人たちが同じようにセグウェイに乗って散策している。夏のさ中ではあるけれど、ゆっくりと進むセグウェイがちょうど良いそよ風をくれて、セミの鳴き声や川のせせらぎや風になびく木々の葉っぱのかすれた音が心地いい。

太市のいるブースに戻ると、お昼を食べたあとのお昼寝の真っ最中。

「おばあちゃんは、おじいちゃんが目が覚めるまでおろうかの、わかばちゃん、どうするな?」

と話していると、のぶゑばあちゃんのスマホに着信が来た。周りの静けさや物音の状況に合わせて着信音や通話音量が自動調整されるので、周りにも違和感がない会話ができる。

「あー、つよっさんな。うん、うん来とるで、わかばちゃん。はよ会いたいやろー、ほんで今たいっぁん な、昼寝しょんじゃわ。ウチは目が覚めてから家に戻ろうと思うけん、わかばちゃん、つよっさんとこに行かそうと思うけどかまんかいの」とか、そのつよっさんとかいう人と段取りを話したらしく、通話を終えた。

「わかばちゃん、つよっさんって聞いたことないかいの?秀司おじいちゃんの従兄なんじゃ。うちの近所におって、今でも元気に奥さんのみっちゃんと一緒にいろんなことしよるん。夕方までつよっさんと一緒におったらええわ。」

昼前に塩江に着いてから何人もの人に会ったけど呼び名は全部下の名だ。太市、のぶゑ、せっちゃん、保っちゃん、かっちゃん、そしてつよっさん。これからもそういう呼称が飛び交うんだろうなと、一人苦笑いしながら停留所に向かった。

空港から塩江まで乗った古風な列車風なバスとは外観が少し違う”奥の湯温泉”と行き先が書かれているバスに乗り込んだ。中は同じようなデザインや仕組みのようだ。乗客は、地元の人らしきエコバッグを持っている中年夫婦。宿泊先に向かうのだろうか、リュックを背負ったり使いこなした旅行鞄を携えた家族連れ。欧米人らしきカップルもいて、その先頭に運転手というか、案内役のロボットが皆と話ししている。

そのロボット運転手の呼称は、「エイジ」。「どこいっきょんな?」「どこから来たんな?」と日本語だけでなく、乗客の欧米人はどうやらイタリア人らしく、”Hi there”と会話を始めて、バスが出発進行。バスは、一見エイジとは関係なく”勝手に動いている”ように見えるけれど、エイジの人工知能がコントロールしている。車中に気を取られていると思いきや一瞬だけでもバスの前や左右に目を光らせながら最終的なチェックをしている素振りがある。

聖徳太子が同時に8人の話を聞いたとかの諸説があるけれど、それを地でいくエイジ。口八丁手八丁とはこのことか、口で話ながら顔の横にはバーチャル吹き出しで通訳、ミニプロジェクターの光を指先から照射して天井や床に映像を映し出す。乗客の話しかける内容や表情、素振りを見てどんなコミュニケーションがいいか判断している。一方で、車窓の風景を楽しんでいる人には話しかけない。

緩やかな坂道を進むバスには、サイクリングやツーリングといった2輪の乗物がよくすれ違う。お互いがセンサーをつけているのもあって、少し細くなる道の前でそれらをかわす。塩江温泉村全域をGPSと地上センサーで、こんな車種がここを走っている、これが自分の方に向かってくるのが分かるらしい。エイジがそう説明する。

途中、ダム湖畔にあるリゾートホテルで家族連れが降りた。そのホテルは、宿泊客たちにキャンプファイヤーや新鮮なジビエ料理でもてなすことが評判になって、アジアからのツアーやグループ旅行、小学生の子供会活動など幅広いファン層がいるらしい。その家族は、明日は、山の尾根を伝うちょっとハードなハイキングをするらしい。

しばらく走るとバスが停まって、「わかばちゃん、着いたよ、それと ”Sono arrivato Due persone”」とイタリア人カップルにも声をかけた。3人が降り立ったところは、ダム湖畔の終わりのようで、向こう岸への橋の先には牛舎が見える。道の向こうには、学校の校舎だったのがうかがえる白っぽいコンクリート造りの3階建のかたまりがある。周囲はぐるっと山に覆われていて、山間地そのものという感じ。

こんなところに外国人が来てどうするんだろうと思っていると

「ようこそ、いらっしゃい」

とどこからか無精ひげを生やした初老の男性が声をかけてきた。同時に手に持ったスマホがイタリア語に翻訳して同じように話しかけている。わかばにも声をかけて

「おー、わかばちゃんか、よう来たの!つよしのおっちゃんや。このお二人さんを今宵泊まるところに案内するけん、ちょっと一緒にきまい」

と、こなれた素振りで3人を引き連れて旧校舎の方に歩いていく。