17 父、祐介

この奥の湯公園から、太市おじいちゃんとのぶゑおばあちゃんの住む家までは、下り上りはあるものの、サイクリングには快適な道だ。ウチさんしっぽく蕎麦と曲げわっぱに入ったのぶゑおばあちゃんのおにぎりでエネルギーをチャージしたわかばは、電動アシストのスイッチを切って自分の足で赤いフレームのモアちゃんを前に進める。

深緑の山と山に挟まれた道の脇には内場ダムに向かっていく川がちらちら見える。

内場池の砂防ダムだろうか、堰堤の下の淵めがけて2,3メートルの岩からバシャーン、バシャーンと飛び込む若者たちが見えた。高校生だろうか、気持ちよさそうに続けざまに飛び込んでいく。それを横目にモアちゃんのペダルを20回ほど漕ぎ進めると、見覚えのある3階建ての白い校舎と、道を挟んだ右側にちょこんと佇む平屋の家が見える。

「ゴールだぁ!」

ラストスパートと、モアちゃんのペダルを踏み込んで、一気に庭先のスロープに滑り込んだ。

「モアちゃん、ありがとう。めっちゃ楽しかった」

と、声をかけてバッテリーを抜いて休ませて、ひいおじいちゃん、おばあちゃんの家の玄関の戸を開ける、東京の家では出したことのないだろう大きな声で、

「た だ い ま ~」

「、、、おっ、戻ったか、戻ったか、、、」

と、太市おじいちゃんの声。元気そうだ。

「おかえり、わかばちゃん、真夏の大冒険、どんなかったんな~?、汗かいとるやろけん、お風呂入りまい」

と、のぶゑおばあちゃんの声。そこに、

「わかばちゃん、おかえり!」

と、ニコッと笑う顔が現れる。父、祐介の顔の輪郭や髪の生え方がそっくりな男性。

「秀司おじいちゃん!」

「そうじゃ、じいちゃんや」

すかさず、

「ばぁちゃんもおるで」

と、その横からクリクリっとした目と優しそうな笑顔は、忘れることはない、正世おばあちゃんだ。Webでは誰かの誕生日や季節の節目に顔を合わせるものの、リアルに会うのは、確かわかばが11歳の時だ。10年ぶりということになる。

わかばは、確かに汗だくだったのでそそくさと風呂に入らせてもらった。やっぱり温泉水が入ってたようで、湯船にゆっくり浸かるとじわーっと体に温泉水が滲み込んできて、気持ちいい。あれだけ自転車を漕いだ足も喜んでいる。

「いいお湯、いただきました」

と、バスタオルで髪を拭きながら出てくると4人のまなざしが優しく迎えてくれた。

この光景は、父の祐介に見せるべきかなとスマホで父を呼び出した。ジャカルタに滞在している祐介だが、今日は休みでゆっくりしているはずだ。スマホのカメラを4人に向けて父を呼び出す。

「お父さん、こんな面々がお揃いだよ」

「あ、おじいちゃん、おばあちゃん、おやじに母さんも。おじいちゃん、今日退院したんだってね。顔色よさそうだし、元気そうで良かった」

「昨日、わかばの顔を見たとたん、身体がピンとしたわ、立派なお嬢さんになったの」

などと、親子、祖父母と孫の会話が続いているので、スマホはそのままにしてわかばは席を外して洗面所で髪を乾かすことにした。ドライヤーをかけていても 5人の談笑の声は聞き漏れてくる。こちらの4人はそれなりに年を重ねているので耳が少々なり、まぁまぁなり遠くなっているので、自身が発する声は無意識に大きくなる。けれど、こうやって両親や祖父母の揃った会話ができる父は幸せではないのかなと、わかばは思った。

「お父さん、こんな感じでお世話になってまーす」

「わかば、ありがとう。お父さんの代役というより、わかばが行って良かったみたいだね。その塩江という場所には何か感じるものがあると思うから、しばらくお世話になったらいい」

「うん。この2日間でいろんな人に出会って話ししたら、どうして私をここに来させたのかが分かってきた気がする。お父さんこそありがとう」

「いやいや、そこまで感じるとは想定外だけど、よかった。いい夏休みを過ごせそうだな」

父娘の会話をニコニコしながら見ている4人がすぐそばにいるわかば自身も、これは幸せだと思った。

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