3年とちょっと、更新をほったらかしていました。
六角堂の建屋が崩れたのが令和3年(2021)11月。
仮の建屋(私的にはあくまで「仮」)を同級生の大工に作ってもらったのが令和6年(2024)2月。
いろんな要因が重なったにせよ、湯の神様はどう思っていたのでしょうか?
一千三百年の歴史からしたらこういう事件的なことは何度となく繰り返されていたのかもしれません。
そんな長い目で見ていない、たった7,8年の間、ここの源泉を汲んできた人間でもこの趣のある六角堂が斜めに崩れかかってその後崩壊、そしてブルーシートに覆われた姿を見続けるのはあまりにもつらい、そういう日々でした。
六角堂、つまり湯元塩江温泉の源泉は、平成20年(2008)に休業、廃業した華之荘のままでしたが、新しい道の駅の温浴施設や塩江病院の後継の医療施設でも使えるようにと、令和3年12月(2021)~六角堂がつぶれたすぐ後だ!~高松市の財産になりました。当時の市の方針では道の駅エリア整備の中で六角堂周辺も整備する、その時には六角堂も直す、とのことでした。
それまでの5年6年もの間、ブルーシート被せておいておくんかい、あまりにも見苦しいじゃないかいと思うものの、持ち主がそう言うているんだから手の出しようがない。そんな指をくわえて見ている状態でしたが、市も道の駅ができるまでの間の観光の衰退を危惧したのか、観光コンテンツ事業を公募することになりました。その中でこの六角堂の仮の建屋を作ることを含んだ事業を実施して、ようやくブルーシートの覆いをのけることができました。
令和4年11月5日 岩部八幡さんの銀杏。見ごろにはもう少しというのは国道から見てわかりますが、来週になるとたぶん見に来る人がどっと増えるんじゃないかと、まずは様子見に来てみました。
”はなれ”が、【2022年8月版】「香川県のそばの名店」ランキング!1位、「いこい食堂」が同じく「香川県の定食の名店」ランキングTOP10!1位に続けて、「ここは押さえておきたい!高松のおすすめ紅葉スポット5選」のトップに塩江温泉郷が出たりしましたから、賑わうでしょう。
黄葉の絨毯はもう少し先としても、二本の大イチョウを真下から見上げると樹齢600年の迫力を感じます。
椅子に腰かけて、お接待のお茶を飲みながら黄葉の空間をゆっくり楽しむことができる、いい場所です。
2022年の8月は暑さが続いて内場池の水位も結構下がっています。ダムに沈む前の様子がよく分かります。
このぽっかりと浮かぶようなところはどうやらお墓があったようで、四角い墓石が今も寝っ転がっています。今は格好のバス釣りポイントになっているようです。
行基の湯あたりにあまり行かなくなったので見かけていませんでしたが、川にはいつもの鵜がいました。人のことは関せずでマイペースで佇んでいます。
昔の源泉の写真が歴史資料館にあったのでそれを掲載しておきます。源泉が元のような姿になるのはいつでしょうか。
次の写真と比べて橋の欄干がちゃちっぽいし、写真も相当古そうです。いつ頃の様子なのか、歴史資料館で調べればわかるかもしれませんが、大正時代のようです。
こちらは写真がカラーだったり、橋の竣工時期(大正15年8月)が読み取れるので昭和初期でしょうか。和服を着て傘を差した女性が佇んでいて風情あるけしきです。
令和3年12月31日、大みそかです。はなれの大将が年越しそばを打ってくれるとのことでいただきに。源泉には一ヶ月近寄ってなかったのですが、どうなんかなと様子伺い。ブルーシートの覆いが地面までしっかり巻かれているようです。ただ、温泉水は相変わらず湧き出ていて、ちょろちょろと水音が聞こえます。
六角堂の向こうにある自然休養村センターを解体する工事が始まっているのもあって道は通行止めになっていますが、一人ぼっちにするのはかわいそうです。
令和3年11月17日 可哀そうな状態は変わりません。さらにあじさいロードから六角堂の入口までが通行できなくなってて、源泉は汲めなくなってしまいました、、、いつになったら汲めるの?
令和3年元旦 明けましておめでとうございます。
干支は「辛丑(かのと・うし)」。痛みを伴う衰退と、新たな息吹が互いに増強し合う年になりそうと、干支占いなどに書かれています。そもそも干支は、未来に起きる出来事を知るために生み出された暦のシステムのようですが、2021年はまさにそういう感じなのでしょう。