9 のぶえおばあちゃん その2  

わかばは、包丁とまな板が奏でるトントントンの音で目が覚めた。気配に気づいたか、流し台に向かう白と紺色の手ぬぐいを頭に被ったおばあちゃんの顔がこっちに向いた。

「あ、起こしたかいの、おはよう」

「おはようございます、のぶゑおばあちゃん」

太市おじいちゃんとのぶゑばあちゃんが住む家は、和室二間と台所のコンパクトな間取り。元々の屋敷はここから少し坂を上ったところに構えているものの、年を重ねた二人で住むには大きすぎるし、その坂がしんどいので、数年前に県道のすぐ横で甥っ子のつよっさんとこには呼びかけたら来てくれるぐらいの近くにこの別宅を建ててそこに住んでいる。

わかばが顔を洗って着替えている間に朝ご飯が真ん丸の座卓に出てきた。

「あるもんで作っただけやけん、どうかの?お口に合うかの」

目の前に出された食事を眺めた。炊き立ての白いご飯、じゃがいもと玉ねぎ、しいたけの入ったおみそ汁、小さく刻んだしょうがとかつお節がのった焼きナス、艶のいいトマトにスイートバジルをちりばめてオリーブオイルをかけたサラダ、塩麹で軽く揉んだのだろう浅漬けのきゅうり、こんなラインナップだ。

「わぁ!いただきます!」

おみそ汁を一口含むと何とも言えない風味とうまみが口の中と鼻腔に拡がる。ごはんの香りと噛んだ時の甘味、舌触り、のど越し、ごはんとおみそ汁だけで終わってもいいぐらいだ。焼きたてのナスは、しょうがの香りとかつお節の風味を一緒に味わいながら一気にのどを通り過ぎていく。色彩的に目を引くトマトはといえば、水気たっぷりの甘酸っぱい味をバジルの香りが引き立てて、オリーブオイルの芳ばしさが全体をコーティングする。そしてそのままがぶりとかじっても美味しいだろうきゅうりは、塩麹に丸め込まれて落ち着いた漬物になっている。小さく刻んで隠れていたが唐辛子のピリッとした辛みがそれをまた引き立てている。

母麻美の作る料理もおいしい。けれどこんな朝ご飯を食べたことはない。このひいおばあちゃんはすごい。ゆっくり味わって食べたつもりだが、ふと視線に気づいて顔を上げるとのぶえおばあちゃんの両眼が真ん丸になってわかばの食べっぷりを眺めていた。

「まぁ!、ええ食べっぷりやの、これは作った甲斐があったわ」

「私、食べるのはあんまり早くない方だけど全部お腹の中に飛び込んじゃった。自分でもびっくりしたよ。食材はどんなもの使ったの?」

「なんちゃ特別なものは使うてない、お米はつよっさんとこの、やさいはうちの畑で取れたもんでお味噌はうちの手作り、えーと、それと、、、」

あと何があるか思い浮かべるように上目づかいに

「そうそう、それとだしは瀬戸内海に伊吹島いう島があっての、そこの名産のカタクチイワシのいりこ、オリーブオイルはこれも瀬戸内の島、小豆島いうとこがオリーブの産地やけん、風味のいいのが手に入るんの。きゅうりに使うた塩麹は、太市っつぁんの従弟がもう80過ぎとんやけど、麹を使うて甘酒や塩麹、醤油麹も作っりょん、それや。ほんで唐辛子は、うちで取れた分やけど香川本鷹いうての、大きさが7~8センチぐらいで大きいん、ほんで香りや辛みが強いんじゃわ、普通の鷹の爪よりの。これも瀬戸内に浮かぶ塩飽諸島で古くから伝わる特産品なん、その種を分けてもろて育てた。あとは塩やの。香川は雨が少ない気候じゃけん昔から塩の産地だったんの。海水を煮詰めて塩を作るけんミネラルたっぷりなんじゃわ。」

「へぇ、すごいね!この辺で取れたものやここ香川でできたものばかりの朝ご飯だったんだ。」

「わかばちゃんも私らの血を引いとるけん、味が合うたんやろの。やっぱり地元で採れたもんを体に摂るんがええんじゃわ」

地産地消が謳われて久しい。東京など大都会では相変わらず全国からまた世界中からの食べ物であふれているものの、地方では地元の産品を使おう、食べようという風潮が定着してきた。そして、「身土不二」も重きを置くようになってきた。「身体(身)と環境(土)はバラバラじゃない(不二)、生活する土地である四里四方(16㎞四方)でとれる旬のものを正しく食べよう」という食の思想だ。

大学の講義の中でその言葉を耳にしていたわかばだが、そんなことを頭で理解するんじゃなくて、常の生活で無意識にやってるのぶゑおばあちゃん。知識じゃない認識だ。

「本当に美味しかった、ごちそうさまでした」

「はい、ごちそうさま」

「のぶゑおばあちゃんは太市おじいちゃんを迎えに行くんでしょ、何時ごろ出かけるの?」

食事の後片付けを手伝いながらわかばは聞いた。

「そうやの、10時頃かの。ちょっと買い物もしておきたいし、先生やさっちゃんから退院してからの気をつけることとかを聞いとこうかのうと思いよる。わかばちゃんは今日はどうするんな?まぁ、小学校に行ったら退屈はせんやろけどの」

「うん、あれしようこれしようじゃなくって成り行きに任せようかと」

「それでええやろ、ゆっくりしたらええわ」

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